森のささやき2002
2002年12月09日
ついに我が家の猫、ミーミーが避妊手術を受けました。まだやっと生後8ヶ月を迎えたばかりなのに…とはいうものの発情期のつらさを見ているのもつらくて決断しました。手術はいたって簡単で、術後はすぐに家に戻ってきました。ところが麻酔が切れるときや切れた後、ふらふらして自分では何が起こったのかわからないだけにすごく不安だったのでしょう、声も出せずにうずくまっていました。1週間後抜糸をする頃には、元のごんたに戻っていましたので一安心しました。 12月1日で、改正動物愛護法が施行されてまる2年になりました。けれど、捨てられて病気になったり車にはねられたりと野良犬や野良猫の悲運が絶えないと報じられていました。また先日ご紹介した「茨木どうぶつ友の会」の展示やチラシに書かれていましたが、野良たちが保健所で殺処分されるのは決して安楽死ではないのです。 「茨木どうぶつ友の会」の方々の地道な取り組みもあり、茨木市では今年から犬・猫の去勢、避妊手術に補助金が出るようになり、私もさっそく申請をしました。「動物が命あるものであることにかんがみ、何人もみだりに殺し、傷つけ、又苦しめないように、その動物との共生に配慮しなければならない」との動物愛護法の理念は人間同士の関係にも通じるものだと思います。
2002年11月23日
久しぶりに古都奈良へ。西大寺から平城宮跡を経て唐招提寺、薬師寺へと、ゆったりのんびり歩かせてもらいました。街中を歩くのとはまったく違って、時間も止まっているのかと思うくらい実にゆったりと歩いた気がします。要所要所に史実に沿った解説をしていただき1300年前の時代を生きた人々に思いを巡らせながら、心豊かな時を過ごすことができ、たまにはこんなゆとりが大事だなあと、しみじみと感じた次第です。 平城宮跡で拾った椎の実を、明日フライパンで煎って食べてみることにします。
2002年11月20日
素敵な女性に出会いました。92歳の今もソーシャルダンスを踊っておられる女性です。78歳でダンスをはじめ、今でも大会に参加し、軽やかにステップを踏まれている写真を拝見し、驚きと同時に勇気が湧いてきました。長年、職業をもって働きつづけてこられたそうですが、 「人間おだてられると気をよくして何でもやってしまうものよ。子どもたちもとにかく誉めてあげることが大事」という言葉にはおおいに説得力があり、またわが意を得たりの感がありました。
2002年11月19日
子育てを語る会「スイミー」の第2回勉強会。助産婦の岩崎さんに来ていただいてお話を聞きました。 ≪お産というのは死とともにごく自然なこと。けれど病院での出産が増えてきたことで、家族の目から離れてしまうことや、医者や病院の都合で分娩操作が行われていることなど、不自然な流れになっていることが問題です。見えないところで、お産によって深く傷ついている女性が多い。産院選びや、どんなお産をしたいのか、もっと女性自身が主体的に選ぶことが大事で、「しんどかったけど、産んでよかった」と思えることが、その後の子育てに大きな力になります。 初めて母や父になる人は、何も知らなくてあたりまえ、「子どもから学ぶ」ということに気づいて欲しい。子どもはまず泣くことで、母や父に知らせているのだから、よく聞いているとちゃんとわかってきます。赤ん坊の間はできるだけ肌をふれあい、ひんぱんに抱っこをしたり抱きしめてあげること。そして成長するにつれてだんだんに放していくことが大切。子どもが親を困らせるとき、それは子どもからのサイン、自分を振り返ってみることで、何か気づくことがあるはずです。≫ 最後に「各人の経験をよかったことも、悪かったことも、もっと皆が声を出して語り合うことから、情報が互いに伝わり、環境も整備されていくでしょう。」と締めくくられましたが、これはどんなことにも通じることだと思いました。また、出産、子育てに関わるさまざまな不安に身近に寄り添ってサポートしてくれる岩崎さんのような助産婦さんが、もっと地域にいてくれることが必要だと思いました。
2002年11月16日
朝から、葦原地区の三世代交流のグランドゴルフ会。葦原小学校グランドで小学生、父母世代、祖父母世代がゲームを通して楽しく交流。公民館のグランドゴルフ同好会メンバーがリーダーとなって4〜5人一組でプレイをしました。一応同好会メンバーである私ですが、ふだんまじめに参加できていないため、子どもたちに教えてあげられる腕ではないですが、それでもみんな早くコツを覚えて、終わり頃には結構いい感じになってきました。いつも思うのですが、グランドゴルフというのは、年齢を問わず楽しめて、ベテランが必ずしもいい成績を取れるとは限らないので、初心者も気軽に参加でき楽しめるゲームです。
午後からはプレーパーク。今日は落ち葉のプールが登場。連日舗道にたまった落ち葉を集めておいて、ビニールプールに入れておくだけ。落ち葉を布団にして寝たり、思いっきり落ち葉を掛け合ったりして遊んでいました。
2002年11月14日
子育てサークルネットの会合で、「バナナから見えてくるもの―食の安全を求めて」という内容のお話をしました。軸や皮の一部が黒くなって見た目の悪い無農薬バナナ、でもそれが果物のあたりまえの姿。それを少しでも見栄えをよくするために軸に防腐剤を大量に散布し、皮が傷つかないよう一つ一つの房に袋かけをしていく莫大な労力。それでも働く人の賃金は低く低く押えられているためにむちゃくちゃに安いバナナ。農薬漬け、添加物漬けの食物に囲まれて、どれが本物の姿なのかわからなくなってしまっている今、何かひとつでも自分のこだわりを持つことは、本物を見分ける力になっていくと思います。私にとっての無農薬バナナはそういうツールでもあります。
つづいてマイペンライの活動紹介を高槻市にある府立高校で行いました。いつものように絵本を送る意味や意義を話し、作業に移っていったのですが、ふと子どもたちのスタイルに違和感を感じてしまいました。ジャケットやコートを着てマフラーをしたままの生徒が半数くらいいるのです。部屋を見回しても暖房器具は見当たりません。「あれ? 高校にはストーブないんですか。」サポートしてくださっていた先生に思わず聞いていました。「ハイ、ありません。寒いので、外にいるのと同じような格好で授業せざるを得ないんです。変ですけどね。でもまだ冬の方がましなんですよ。夏の暑さはどうしようもありません。35度を超えるような暑さの中では集中して勉強なんかできないですよ。」という答えが返ってきました。ヒートアイランド現象の大阪、今年の夏もホントに暑かったですね。大阪府は先日の府議会で府立高校全教室にエアコンを導入することになりましたが、小・中学校も含め、学校施設の劣悪さにもっと目を向けて欲しいものです。
2002年11月02日
久しぶりの自然観察会。車作りから下音羽川渓谷〜清阪〜忍頂寺へとゆっくり歩いて、周りの植物を観察していきます。ふだんよく目にする植物の名前を聞き、その特徴を教わることで親近感が沸いてきます。はじめに手にしたのが(名前を忘れてしまいましたが)ブルーベリーのような青い実。それをつぶして中の種をよーく見ると、なんと化石のアンモナイトにそっくり。また見た目はほとんど変わらないノコンギクとヨメナの違い(繁殖場所が山の中と水辺に分かれていて、そのために種子の構造が違う)など、知ればなるほどなあと思うことしきり。植物は植物なりに生き残るための、あるいは繁殖のための智恵をしっかり持って、長い年月をかけて種子や自らの構造を作ってきたのですね。人間だって生物の一種、同じように環境に適応しながら生きてきたわけですが、最近の環境の変化(食物、水、空気等等)があまりにも大きくまた加速化されすぎて、ついていけない状態になっていると感じます。一日ゆっくり観察して歩きたかったのですが、午後から別の取り組みが入っていて、途中で先に帰ってきました。
2002年11月01日
しばらく更新ストップしていました。10月はじめ頃にウイルスに感染してしまったからです。ご迷惑をかけた皆様、申し訳ありませんでした。不注意が悔やまれますが、ウイルスをばら撒いて楽しんでいる人がいるとしたら悲しいことです。他人の不幸をみて慰めにするよりも、一緒に幸せ気分が味わえる人生にしたいものですね。
我が家のミーミーはどんどん大きくなり、見ているだけで幸せ気分になります。ミーちゃんの方は昼間ほとんど一人ぼっちで寂しいなあと思っているかもしれませんが。
2002年10月26日
10月のプレーパーク。玉瀬北公園の遊具も新しくなりましたが、それでも手作りのブランコは人気者。私も隙を見て、試し乗り。なかなか気持ちよかったです。 午後には、衆議院議員の大谷信盛さんの国政報告会に参加。経済・景気・教育・介護とさまざまな課題をわかりやすく報告してくださいました。後半、教育問題については私も意見を求められ、教育、子育て支援へのもっと思い切った予算配分を訴えました。
2002年09月17日
「茨木どうぶつ友の会」の方からお便りが届きました。9月20日〜9月26日の動物愛護週間に、ジャスコ隣の「ペットシティ」で写真展『どうぶつたちのレクイエム』をされるそうです。
最近、家の中で犬や猫を飼いやすくなって、どうぶつが家族の一員になっている家庭がずいぶん多くなってきました。高齢世帯や、一人暮らし世帯にとってもなくてはならない存在だというお話もよく聞きます。それだけに動物を飼う上でのマナーや、動物たちへの温かい愛情が不可欠です。
子どもの頃はかわいかったのに大きくなって困ったとか、飼い主の体力が衰えて世話をしきれなくなったなどの理由で捨てられたり、命を絶たれる動物たちも増えています。
どうぶつとともに暮らすことの意味や、責任を考えてみる機会にしてみませんか。
我が家のミーミーも4ヶ月。いたずら盛りになりました。
2002年09月15日
水尾地区の敬老大会に参加させてもらいました。日本の高齢化は加速度的に進んでいますが、この水尾地域も70歳以上の方が880人とお聞きし、あらためて高齢社会を実感しました。参加されたみなさんはとてもお元気で、第二部の余興の部では、舞踊や詩吟などを披露される方もいらっしゃいました。 昨日の朝日新聞夕刊に「90歳代現役真っ最中」という記事が出ていました。生涯現役―社会の第一線で働きつづける90歳の女性医師、91歳のエンジニア。最後に「生きかた上手」という著書を出された聖路加国際病院理事長の日野重明さんが≪70歳、80歳はまだまだ若い、老人というなら85歳以上を対象に、そしてそれからでも新しいことに挑戦をしてほしい。90代は自分に磨きをかける時期。100歳で自分を完成させるイメージを描いて生きましょう。≫と訴えられています。 どんな年代でも、やりたいこと、楽しいと感じることをもてることが何よりの幸せだと思います。性別や年齢で仕事を制限するのではなく、その人の体力や適正などで選択できることも大切ではないでしょうか。
2002年09月14日
久しぶりのプレーパーク。朝10時を過ぎると、玉瀬北公園に子どもたちが次々集まってきました。炭火を熾したり、ロープを木にくくりつけてブランコを作ったり、シャボン玉の液を準備したりと、スタッフは大忙し。でも子どもたちが好きな遊びを見つけて嬉々として遊ぶ顔を見ていると、それだけで幸せな気分になります。 プレーパークのいいところは大人が一緒にいても、ああだこうだと指図する必要がないので、指示どおりにできないなどとイライラすることがなく、おとな同士もゆったりとおしゃべりしたり、遊んだりできるところです。 今日はちょっとしたハプニングがありました。お昼前頃、公園の横に突然消防自動車がやってきて、消防士さんが3人近づいてきたのです。何事かと思えば、公園で焚き火の煙が上がっているとの通報で、確認に来られたとのこと。実際は缶の中で炭を熾しているだけで、有害な煙を出しているわけでも、火遊びをしているわけでもないので、すぐに状況を理解し、帰っていかれました。公園で火を使うことを含めプレーパークの主旨については、市の公園緑地課に話に行き、また近隣の自治会やご近所の方々にも理解をしていただいているので、通りがかりの方の嫌がらせなのかと思うと、ちょっと悲しい気分です。
2002年08月15日
57回目の終戦記念日。領土を拡張しようという野望のもと戦争をはじめ、国内外に多くの犠牲者を出して、敗れた日。単に戦争が終結したという「終戦の日」という言葉には何となく誤魔化しの匂いがします。
子どもの頃から、この時期になると、母のひもじかった体験談をよく聞きました。父は戦争末期に学徒動員され、最後はシベリア抑留。幸運にも生きて還ってこれたが、詳しい話はあまり聞いていません。すでに亡くなった叔父は広島で原爆に合い、九死に一生を得た人でした。8月が来ると毎年同じ話をくり返し聞きました。自分を助けて逃げてくれた戦友が水を飲みに行ったきり帰ってこなかったこと、そのまま動けずに、すんでのところで死体と間違われて焼かれてしまうところを助かったこと、足や手や頭などにガラスの破片が埋まっていて、すべては取り出せていないこと、などなど何度も何度も聞かされました。怖かったけれど、聞かなければいけないと子ども心にいつも必死で聞いていたことなど、今も鮮明によみがえってきます。
政府主催の全国戦没者追悼式で、小泉首相は「不戦の誓いを堅持するとともに、国際社会の恒久平和を確立するため全力を尽くす」と述べました。この言葉を現実に実行するためには、昨年のテロ事件を契機に、すべてを暴力で押さえ込もうとするアメリカの傲慢な態度に追随するのではなく、冷静にいさめる言動が必要なときだと思います。
「戦争はいつも正義の仮面をかぶってやってくる」ことを肝に銘じておきたいと思います。
2002年07月20日
あつーい陽射しをものともせずに、プレーパークの開催です。今日はスライム作りに挑戦。洗濯糊と硼砂と水を混ぜて出来上がり。トロンとしてムニュムニュという手触りが何とも言えず心地よいのです。思わず夢中になりました。
お昼は涼しげな流しそうめん。太い雨どいを買ってきて、適度に傾斜をつけて、水と一緒にそうめんを流すや否や子どもたちの大歓声。小さな子どもたちも、そうめんを1本でも多くとろうと無我夢中です。あまりの大反響に写真をとるのも忘れて見入っていました。
おなかを満たした後の雨どいは、また子どもたちの格好の水遊びの道具となりました。
2002年07月15日
寝苦しい日が続いています。ホントに暑い!昼間暑いのは、ある程度仕方がないとしても、夜の暑さにはさすがに閉口します。
フィリピンやタイの熱帯の国々に比べても、日本の、この大阪の暑さはひけを取りません。ヒートアイランドと言われているように、都市の暑さは格別です。コンクリートの建物やアスファルトの道路が昼間熱せられて、夜になっても簡単には冷えてくれません。そこにエアコンの室外機がさらに熱風を送り込みますからたまりません。窓を開けても涼しい夜風どころか逆に熱風が吹き込んでくるのですから、結局窓を締め切って、エアコンをかける。この悪循環にはまり込んでしまう人が多いのでしょう。
また職場や、乗り物、公共の施設など、いたるところが冷房で冷やされていますから、私などは真夏ほど、防寒着が必要になります。そんな中で一日中仕事をしている方の中には、暑くても汗をかかない身体になってしまったり、冷え性で苦しんでいる方も多いことでしょう。
地球温暖化と健康被害がどんどん進んでいる状況を、少しでも見直す必要があると思います。ちなみに我が家の暑さ対策は今のところ、うちわが主流です。(これ、ホントですよ。)
≪写真は暑さに耐える我が家のけなげな猫、ミーミーです≫
2002年06月02日
いばらき環境フェア―の「環境フリーマーケット」に昨年に続き2回目の参加。クリエイトセンター前の広場で、1日中炎天下での店番は厳しい環境ではありますが、いろんな催しや出会いがあり、楽しいイベントでした。なかでも「茨木どうぶつ友の会」による犬・猫の避妊・去勢手術の訴えには考えさせられました。最近子猫が我が家の一員になったこともあり、処分される捨て犬・猫の問題や、ペットの飼い方など気になっていたのですが、現在の犬・猫たちの処分方法は安楽死ではなく、窒息死であり、思った以上に悲惨な状況です。茨木市にも今年の6月から「飼い犬等避妊・去勢手術費補助金」制度が設けられました。犬や猫の成長は早く、いずれ子どもを産むのは必然です。そのときになって困って捨ててしまうのなら、早めに避妊・去勢手術をするべきでしょう。
2002年06月01日
水尾小学校のいきいきフェスタに参加しました。今年で3回目となるこの催しは、地域の人たちに呼びかけ、一日先生となってもらうというもの。「パソコン」「スペインを知ろう」「パン焼き」「アロマ」「イラスト」「紙漉き」「救命救急」…と多彩な講座が繰り広げられます。年に1回単発でのかかわりで終わるのはもったいないなという気がしますが、本格的な財政措置のない中では仕方のないことですね。私も「マイペンライ」の活動を紹介し、子どもたちに集めてもらった絵本にシールを貼ってもらいました。
2002年05月27日
我が家に子猫がやってきた!5月19日に近所の子どもたちが、近くの公園に捨てられている子猫たちの引き取り先を求めて、一日中奔走。結局、その中の一匹が、我が家の同居人(猫)に加わることになりました。名前は拾ってきた子どもたちが「みーちゃん」とつけていました。食べて寝て、遊んで…日増しにぐんぐん成長していく感じです。
2002年05月24日
茨木市男女共生センターローズWAMにて開かれた「茨木市男女共同参画計画講座」に参加。茨木市で策定された参画計画を通して、これからの社会、生き方を考えるという講座です。3回シリーズの2回目で、「男女共同参画を進める教育と学習」「働く場における男女平等」「仕事と家庭・地域生活の両立支援」を柱に計画策定に関わった審議会のメンバーのお一人が講師として、内容をわかりやすく説明されると同時に、これからどのように活用していくかということを話されました。後半は、小学校・中学校の先生から(どちらも男性)教育現場での男女平等教育に取り組まれている実践例を交えて話をされました。
講師のお話の中で、女性が働くことを権利として捉えるということ、女性も働くことで自立すると同時に税金を払い社会を支える側になることが大切だということに、大いに共感しました。
そのための法整備を政治の場でやらなくてはいけないと思っています。
2002年05月18日
私がかつて所属していた茨木市教組のスポーツフェスティバルに参加。ほとんどが子ども連れ、家族ぐるみで参加され、職場ごとにバーベキューをしたり、一緒に昼食会をして、久しぶりにゆったりとした時間を過ごしていたようす。思った以上に小さな子どもたちの参加があり、元気に走り回っていました。
2002年05月15日
今日は沖縄返還デー。30年前の今日、沖縄が日本に還ってきた日です。戦後アメリカの統治下でつらい思いをしていた沖縄の人たちの悲願であった本土復帰が実現したものの、基地はそのまま残され(日本にある米軍基地の75%が沖縄県に集中)、直接的・間接的な影響が今も続いています。三年前、平和行進で基地の周りをぐるりと歩いてみて、あらためて基地の広大さを実感しました。
今「有事法制」の議論が起こってくるなか、「有事のときに国民の生命や財産を守るために平時から備えをしておく」などと言われていますが、過去の戦争で、本当に国民が守られたためしがあるだろうかと思ってしまいます。
特に沖縄が戦場になっていった第2次世界大戦末期では、自国の軍隊が守るべきはずの住民を盾にしたり、避難していたガマから鉄砲の弾の飛び交う戦場へ平気で追い出したりした事実は消しようがありません。「戦争とはそんなもの」というのなら、やはり決して戦争を起こさないための努力を、どんな犠牲を払ってでもしなければならないと思います。
実は今日はもうひとつの記念日でもあります。何を隠そう、私、森みどりの誕生日です。49年間生きてきた労苦を称え、茨木市の若園バラ公園のバラを愛でてきました。
2002年05月12日
今日は近所の子ども会が行なっている廃品回収の日。朝からその場所へいき、集められた古新聞や雑誌に交じって出されている、きれいな絵本や図鑑をより分けていただいてきました。マイペンライで翻訳シールを貼りつけている絵本は、基本的にはリサイクル本です。タイ・カンボジアの子どもたちに送れる貴重な本が手に入りました。みなさんのところでも、必要でなくなった絵本がありましたら、ご寄贈くださいませんか。お近くでしたら、ご一報いただければ、取りに伺います。
午後、待鳥美代子さんの「野のはな展」を見に豊中のギャラリー「ブルーム」に行ってきました。待鳥さんは書道家であり、またオリジナルな描き方で野の花を描いておられます。稲葉町のハロハロで、毎月第3木曜日に野の花を描く教室も開いています。
そのギャラリーのお隣は、「3月3日」という名前のユニークな居酒屋風喫茶店。マスターの趣味で30年以上にわたって収集されている骨董類が所狭しとおかれていて見ているだけで飽きないのです。さらにマスター自身もなかなか味のある人で、おしゃべりも楽しいです。ちなみにお店の屋号である「3月3日」はマスターご夫婦の誕生日なのですって。
2002年05月11日
今朝の新聞に「高卒未就職者21%で、最悪」という記事が出ていました。中高年のリストラもつらいですが、自立した人生のスタートをきる若者たちが仕事に就けないというのも、大きな問題です。大人たちが真の生活の豊かさを享受していくためにも、思い切ったワークシェアリングで、仕事を分け合っていくのも大切ではないでしょうか。まずは実態としてあるサービス残業をなくしていくだけでも、雇用の促進になると思うのですが。
2002年05月10日
午前中、運転免許の更新をしてきました。1999年7月に取得して、約3年。無事故でよくがんばってます。
写真のアヒルたちは春日丘・穂積公民館横の池で見つけたものです。誰かに、この場所に置きざりにされたそうですが、居心地がいいのか、ここに住み着いてしまったアヒルたち。いつもは3羽いるのだけれど、この日は2羽だけ、あとの1羽は、池で泳いでいるのかも。エサをくれる人が近づくと、甘え声を出して走ってくるけれど、それ以外の人には見向きもしないとは、近所の人の弁。
2002年05月08日
朝からバナナ配達の日です。ネグロス島から届く無農薬バナナを、毎週水曜日に職場や個人のお宅に配達しています。市販のバナナよりは少々高いですが、安全でしかもおいしい(本物の味)バナナを皆さん、楽しみに待っていてくれます。
私とこのバランゴンバナナとの出会いは古く、1990年頃からです。当時、小学校に勤めていた頃、食品の添加物や輸入果物のポストハーベストの害が大きく取り上げられ、給食からこれらのものを取り除いていこうと、市教委と話し合ったりしていました。そして輸入のオレンジやバナナは国内産のリンゴやみかんに切り替えられていきました。当然のことながらふだんの食卓にバナナを買うことはためらわれ、あきらめていたとき、無農薬バナナの民衆交易が行なわれていることを新聞記事で見て、以来お付き合いを続けています。1993年ごろからフィリピンにもたびたび訪れ、バナナ生産者の方々とも直接出会い、生産者と消費者との対等な関係づくりや、フェア―トレードについて考えるきっかけになりました。
2002年05月05日
子どもの日。街中では元気に空を泳ぐ鯉のぼりの姿を目にすることは少なくなりました。同時に子どもたちが群れて走り回る姿も。
今年から完全学校5日制スタートして、土曜日の子どもの居場所は大丈夫かと、心配されていますが、子どもたちの基本的な居場所が学校しかないということが、そもそもの問題だと思います。土曜日に限らず、放課後を安心して過ごせる場が、地域にもっともっと必要です。
5月3日の朝日新聞に「子ども&高齢者―『たまり場』相乗効果」という記事が出ていました。特養で「学童保育」を開設しようとする試みや、介護つきのマンションに保育室が開設されたり、お年寄りの介護や家事援助をしてきたNPOが同じ場所を利用して託児サービスを始めたりとさまざまな試みが生まれてきています。行政側もこのような民間の先駆的動きを後押しする計画をようやく打ち出してきています。
「はらっぱ」が取り組んでいるプレーパークもめざすところは「地域の子育て力、子育ち力」を回復することです。そう遠くない将来、あちこちの公園で歓声を上げて遊ぶ子どもたちの姿とそれを見守りながら草むしりをしたり、ベンチでおしゃべりするお年寄りの姿が、日常の自然な光景となることを夢見ています。
2002年05月03日
連休後半のスタート。さわやかな好天に恵まれ、行楽地に出かけられた方も多かったことでしょう。
私の家の前の道は両側がすばらしいケヤキの並木になっています。今の季節、歩いても、自転車で走っても、車で駆けても、みどりのアーチが目を楽しませてくれます。“みどり”は今が旬ですね。
みどりといえば、今日は「みどり地蔵」に会いました。下穂積4丁目のマンション群の中にひっそりと立っています。昭和53年、この地域に住む人々の「平和と安全」を願って、住民の方々が建立されたそうです。みどりという名は「安全平和とふるさとの象徴」と由来の看板に書いてありました。今年1年の無事を願って私も一緒にパチリ。
平和といえば、今日は憲法記念日。15年前、朝日新聞阪神支局が襲撃され、小尻記者が銃で殺害された日でもあります。言論を暴力で圧殺しようとした卑劣な犯人が捕まらないまま時効を迎えてしまいましたが、今後も風化させてはいけない事件だと思います。
同時に、暴力やテロの温床を作らないことが、いま何よりも大切なことではないでしょうか。有事(戦争)を想定した法整備を遮二無二していくことよりも…。
2002年05月02日
木曜日の今日も朝からマイペンライの絵本作業。先日地域のミニコミ紙に取り上げていただいてから、数人の方から問い合わせをいただきました。その中のお一人は何と4年前に阪急の茨木市駅前で道行く人に呼びかけて体験をしてもらった時に、たまたま通りかかって作業に加わってくれたのだそうです。それ以来どこでこのとりくみをしているのか、ずっと気にかけて探してくれていたのだそうです。そしてミニコミの記事を見て、すぐに連絡をしてきてくださいました。以来、熱心に絵本ボランティアに参加してくださっています。こんな素敵な出会いがあるなんて…。細々とでも続けてきてよかったと思いました。
2002年05月01日
朝から雨。雨のメーデーとなりました。今年は賃上げより雇用重視。世の中不況とリストラばかりがあふれていますが、基本的にこの社会は働く人たちがいてこそ成り立っているのに、その人々を大事にできていない政治ってなんだろうとつくづく思います。企業は、リストラで脅して長時間労働をさせたり、正社員の首を切ってパートやアルバイトを増やしてコストを削減したりと、 不況だといいつつ、企業の利益は減らさないようにしています。
労働組合も、ワークシェアリングや日本型のパート労働の劣悪な労働条件を改善する方針を打ち出していますが、未だ道のりは遠い感がします。
2002年04月30日
「鈴木宗男代議士の秘書ら7人逮捕」のニュースが耳に飛び込んできました。ようやく動いた!とほっとすると同時にまだまだ手ごわいだろうなとも思います。
外務省のNGO排除問題から始まって、一連の政治家とお金にまつわる問題が次から次へと出てきて、もううんざりするほど。でもここで、もう政治家なんてみんな同じだと十把一絡げにしてしまうのは、敵の思う壺。より悪い人から順に、きっちり責任を取らせていくことと、政治の担い手を変えるまで手を緩めない覚悟が国民の側にもいると思うのです。
2002年04月27日
第8回目のプレーパークの日。今日から念願の公園デビューです。茨木市の公園緑地課への申し入れは積極的に受け入れていただき、その後地域の自治会長さんも協力して下さり、周辺のみなさんにもビラを配って協力をお願いして、この日を迎えました。
朝からすばらしいお天気で、子どもたちも徐々に増えて、場所は変わってもいつものプレーパークの雰囲気ができていました。
今回初登場の杉山さんが、竹を使って、竹馬や竹とんぼなどを次々に作ってくれるので、 子どもたちもそばで竹を割ったり削ったり、熱中していました。 けれどなんといっても1番人気はターザンロープです。脚立を足場にしてぶら下がり、あきることなく遊んでいました。やっぱり遊びは素材が単純なほど面白いのではないでしょうか。実は私も「コマまわし」に熱中してしまいました。
2002年04月13日
ドキュメンタリー映画「子どもの時間」の上映会。半年前から準備をしてこの日を迎えました。1ヶ月前まではチケットの売れ行きもいまひとつ、ちゃんとお客さんが入ってくれるかしらと、それはそれは心配していましたが、上映1週間ぐらい前から、予約が相次ぎ、今度は席が足りるだろうかと、嬉しい心配をしていました。
朝夕、2回の上映会とも盛況のうちに終わりました。画面いっぱいに映し出された子どもたちのいきいきとした表情にぐいぐい引き込まれて、こどもたちの生きるためのエネルギーのすごさに圧倒されるような映画でした。また埼玉から駆けつけてくださった、いなほ保育園の北原和子園長先生のお話も、「命に向き合うってなんてすばらしいのだろう」と感じさせてくれるものでした。
見に来てくださった皆さん、ありがとう。そしてスタッフの皆さん、ご苦労さまでした。
2002年04月11日
毎週木曜日はマイペンライの絵本作業日。
今日は、遠く舞鶴からのお客様も加わっての作業となりました。写真に写っている男性は、舞鶴で伝統的な紙漉きで和紙を作っている真下八十雄さんです。
彼は脱サラ後、紙漉きで有名な黒谷で修行を積んで、今は舞鶴の地で孤軍奮闘。伝統的紙漉きの技を磨きつつ、新しい作品作りに取り組んだり、地元の小・中学生に紙漉き体験を出前したり、またネパールなどに出かけて、紙漉きの技を伝えるNGO活動をしたりと活躍されています。
同じくアジアの子どもたちの支援活動をしているマイペンライに以前から関心を持たれ、今日は一緒に作業をしてもらいました。
舞鶴でもこの活動を広げていきたいと考えてくれています。
2002年04月08日
始業式。完全学校5日制がスタート。土曜日が休みになる分、授業時間が減って、学力が低下するのではないかという不安の声が連日聞こえてきた。そのため平日の授業時数が上乗せされて、低学年から毎日6時間授業となってしまったり、高校などでは自主的に土曜日に補修授業を組んだりするところも出てきた。だいたい勉強というものは、やたらに時間をかければ身につくというものではないだろうに、ということを私などは思ってしまうのだが。子どもたちが受験勉強に縛られ、学校だけではなく塾やお稽古ごとに追われて、忙しくなってしまい、休みの日は心ゆくまで寝ていたいという若者が増えてしまった現状から、もっとゆとりをもった生活に変えていこうということから、そもそも学校5日制が議論されてきたのではなかったのでしょうか。 にもかかわらず、いざ制度が変わるとなるとこれだけさまざまな不安の声が出されるというのは、改革が非常に中途半端だからだと思います。教育の中身をゆがめてきた過熱した受験競争に歯止めをかける方策や、世界の先進国ではトップを誇る多人数の学級定数を思い切って引き下げるなどの改革とタイアップしてこそ、生きてくると思うのですが。現に、学級崩壊やいじめ、不登校など、これまで話題にされてきた困難な状況は何ひとつ解決していない学校現場では、教員の目が行き届きやすい少人数学級は切実な要望です。それは文部科学省が「規制緩和」したとたんに、この1年間で、全国の1/3の県で、少人数学級制が取り組まれたことからもうかがわれます。実際少子化で子どもの数が減っていることも、実施しやすい要因です。けれど県独自に少人数制にした場合、かかる費用は全額自治体で負担しなければなりません。従って大阪府のような財政難で苦しむ自治体では、やりたくてもできないという中、地域格差を生むことにもなってしまいます。 文科省の試算では、小・中学校の全学年を30人学級にした場合、国と地方で1兆円の予算が必要だということです。欧米では20〜30人程度がすでに常識です。個々の子どもにきめ細かな指導をして「学力低下」を防ぐとともに、社会に有用な人材育成ができ、子どもたちの未来が輝き、しかも地域に経済効果ももたらすとすれば、1兆円は決して高い額だとはいえないと思いますが、みなさんはいかがお考えですか。



